私たちの信念

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クリスチャンは他者を愛すべきであり、パウロは神のしもべは争ってはならないと述べています(Ⅱテモテ2:24、Ⅰテモテ3:3、6:4、テトス3:9)。では、クリスチャンは議論をすべきなのでしょうか? パウロとイエスという二人の「討論者」が、実際にどうしたのかを見てみましょう。 私たちの働きは、ペテロの手紙第一3章15節に従うことを目指しています。そこには、「あなたがたの心の中で、キリストを主として尊びなさい。あなたがたの抱いている希望の理由を尋ねてくるすべての人に対して、いつでも答えられるように備えていなさい。」(新国際訳)と記されています。これこそが、ここアメリカをはじめ、世界中で反キリスト教的な傾向が強まる社会において、「CHRISTIAN DEBATER」が掲げる目標です。

「信仰の善戦を戦え」(テモテへの手紙第一 6:12)、「福音を守るために備えよ」(フィリピの信徒への手紙 1:17)、「かつて聖徒たちに伝えられた信仰を熱心に守り抜く」 (ユダの手紙 3)、「健全な教えをもって人々に勧告し、それに反する者たちを論破すること」(テトスへの手紙 1:9)、「使徒と名乗るが、実はそうではない者たちを試みること」(黙示録 2:2)、「羊の衣をまとってあなたがたのところに来るが、内面は貪欲な狼である偽預言者たちに警戒すること」 (マタイ7:15)、「すべてを吟味し、良いものを堅く守りなさい」(1テサロニケ2:21)、「もし神が、彼らに悔い改めを授け、真理を知るよう導いてくださるかもしれないので、反対する者たちを柔和に正しなさい」 (Ⅱテモテ2:24)、そして「公の議論の場でユダヤ人たちを厳しく論破し、聖書に基づいてイエスがキリストであることを証明した」パウロとアポロの模範に従うこと(使徒18:28)などです。これらは、奉仕への召しに対する行動指針のほんの一部に過ぎません。

「信じるすべての人にとって、救いとなる神の力」(ローマ1:16)である福音が宣べ伝えられる、誤りのない神の御言葉(2テモテ3:16-17)こそが、私たちの伝道の武器です。ヘブライ人への手紙4:12が述べているように、「神の言葉は生きていて、力があります。 いかなる両刃の剣よりも鋭く、魂と霊、関節と骨髄を分け隔てるまで深く入り込み、心の思いや意図を裁くのです。」これこそが、クリスチャン・ディベーターの福音宣教の手法です。すなわち、聖書の視点についてほとんど無知な文化に、その視点を伝えること。預言者イザヤが述べたように、「偽り……偽り」を自分の避難所としている人々(イザヤ書 28:15)に、キリスト教の真理と答えをもたらすこと。神の御言葉という「槌」で、嘘や偽りを打ち砕くこと(エレミヤ書 23:29)です。

私たちは、公の場や、主が導かれる場所であればどこであれ、イエス・キリストのために立ち上がることを恐れません。 もちろん、この種の働きは気弱な人には向いておらず、使徒行伝に見られるような苦難や迫害を招くこともよくあります。しかし、古い格言にあるように、「人生はあっという間に過ぎ去りますが、キリストのために行ったことだけが永遠に残る」のです。また、パウロが言ったように、「私は、キリスト・イエスにある神の召しの賞を得るために、目標に向かって突き進んでいます」(ピリピ3:14)。アーメン!

クリスチャン・ディベーターの信仰宣言

私たちは、父、子、聖霊という三つの位格において永遠に存在される唯一の神を信じ、神がご自身の喜びと目的のために、万物を無から(ex nihilo)創造されたと信じます。

私たちは、聖書を構成する66巻の書物が、神の完全かつ逐語的に霊感を受けた御言葉であり、原典においては誤りなく、また不変のものであり、信仰および日常生活における指針であり最終的な権威であると信じます。これらは、聖霊によって個々の信徒に解釈されるものです。

私たちは、サタンの存在と人格、神に対する完全な敵対、そして再生されていない人々に対するサタンの支配力を信じます。

私たちは、人間が神のかたちに完璧に創造されましたが、罪を犯したとき、人類は肉体的および霊的な死を招いたと信じます。それゆえ、人間は神から永遠に隔てられ、自ら贖いをもたらすことはできません。

私たちは、主イエス・キリストが、聖霊によって父から生まれ、処女マリアから生まれ、神であり続けながらも真の人間であると信じます。したがって、主は神人です。

私たちは、主イエス・キリストが、御父を完全に喜ばせる完全で罪のない生涯を送られたと信じます。また、主は自らの自由意志により、人類の贖いのためのいけにえとなるためにご自身を捧げられ、罪に対する神の聖なる正義が求める裁きを負われたと信じます。それによって、神は義であり続けると同時に、御子イエス・キリストを信じる者たちを義と認めることが可能となったのです。

私たちは、主イエス・キリストが、栄光に満ちた、しかし人間としての御体をもって死からよみがえられ、二度と死ぬことはなく、父の右の座に昇天され、そこで御自身の教会の大祭司として、悔い改めた信者たちのために、神と人の間を取りなしておられると信じます。

私たちは、信仰のみによって、自らの功績によらず、主イエス・キリストを救い主として受け入れる者たちが、聖霊によって奇跡的に新たに生まれ変わり、神の子となり、永遠のいのちにあずかる者となると信じています。

私たちは、聖霊がすべての真の信者を、唯一の真の教会である御自身の体へとバプテスマを施し、永遠に彼らの中に住まわれ、霊的な賜物を授け、奉仕と聖なる生活のために力を与えてくださると信じます。

私たちは、聖書が、罪の罰からの救いだけでなく、神の栄光のために現在の聖化と勝利に満ちた生活を送るための義に関する教えを含め、人生と敬虔さに関わるすべてのものを私たちに与えてくださったと信じます。

私たちは、救いにとって必須ではないものの、主の再臨まで、すべての信者が主に従順として守るべき二つの聖礼典、すなわち洗礼と主の晩餐があると信じます。

私たちは、死の際、贖われた者の魂は直ちにキリストの御前に移され、キリストが花嫁を迎えに来られる時の体の復活まで、そこに留まると信じています。また、死の際、失われた者の魂は地獄へ行き、大いなる白い御座の最終審判においてキリストの御前に引き出され、その行いに応じて裁かれ、火の池に投げ込まれ、そこで永遠に留まるまで、そこに留まると信じています。

私たちは、主イエス・キリストが、約束されたとおり、いつか御自身の教会を迎えに来られ、彼らを集めてくださることを信じています。

『クリスチャン・ディベーター』編集部

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